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壱岐島の神社考察:住吉神社と神功皇后

物事の真実(レンコンなりの解釈)

セカンドライフを始めて慣れてきたレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階です。今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、壱岐島の住吉神社リサーチします。

壱岐・住吉神社

長崎県壱岐市芦辺町住吉東触にある神社です。壱岐は弥生時代~平安時代にかけて、対馬と共に朝鮮や中国に渡るときの交通の要所でした。

遣隋使、遣唐使などの派遣の時は、壱岐の島に休憩するために立ち寄っていました。

神功皇后が三韓征伐の際に住吉三神の加護を受けて勝利したとされています。

※三韓征伐とは、馬韓(後の百済)・弁韓(任那)・辰韓(後の新羅)で朝鮮半島の南部を征服したとされています。

ご祭神

住吉大神(底筒男命・中筒男命・表筒男命)

相神として八千戈神を祀っています。

イザナギが黄泉の国から帰り、穢れを払おうとして禊(みそぎ)をしたら、水中から誕生したとされる三柱の水の神々です。

底筒男命(そこつづおのみこと)は、航海のの安全を祈願する神で、中筒男命(なかつづおのみこと)は、海の流れや波を司る神で、表筒男命(おもてつづおのみこと)は、船の運航が安全であることを見守る神です。

相神の八千戈神(やちほこかみ)は、大国主命の別名です。

別名は他に大穴牟遅神(おおなむち)や大物主神、杵築大神等多数あります。

スサノオの娘であるスセリヒメの他に多くの配偶者がいます。

八千戈神は、沼河比売(ぬなかわひめ)との歌物語での名です。

大国主命と沼河比売の間には、後に諏訪大社の祭神となる建御名方神(たけみなかたのかみ)がいます。

神功皇后伝説(ファンタジー妄想伝説)

神功皇后は、第14代・仲哀天皇の皇后で、応神天皇の母です。

歴代天皇で「神」が付いた天皇は、神武天皇・崇神天皇・応神天皇の3天皇だけで、皇后では神功皇后だけです。

神武天皇と崇神天皇は、どちらも「はつくにしらす天皇」と呼ばれています。

神武天皇は初代天皇で、第10代天皇が崇神天皇でヤマト王権国家の基盤を整えたといわれております。応神天皇は第15代天皇で、仲哀天皇の第四皇子で巨大古墳の出現と渡来文化を融合して日本を統一したといわれています。

神功皇后は神のご神託を受ける巫女で「熊襲でなく新羅国を征服すべき」のご神託を信じずに熊襲攻撃を続けた仲哀天皇は崩御し、神功皇后が摂政となってご神託どおり新羅征伐に向かいました。

この時妊娠しており、身重な体で戦に臨みました。お腹には後の応神天皇を宿して子を守るために石を帯として巻いて三韓征伐に向かうというとんでもありえない伝説です。伝説はさらに続き、海神の加護で海は凪となり朝鮮半島まで順調に航海できたことになっています。戦いで矢が尽きたら潮が突然引き、海底の矢を拾って再利用して勝利したという「モーセが出エジプトで海を左右に割ったシーンに似た状況」が起こったことになっています。

神功皇后は、1年以上も子を胎内に宿したまま旅を続けて征伐を終えて帰国した後に出産したことになっています。ファンタジー妄想伝説が仕上がりました。

鳥居

この島居は、平戸藩主松浦鎮信が建てたものです。高さ4.4mで肥前島居と呼ばれる立派な作りの鳥居です。

ちょっと見ると、少し傾いて、今にも倒れそうですが大丈夫です。

ご神木

壱岐で一番大きなクスノキで、直径約5.2mあります。このクスノキには神様が宿っているといわれています。クスノキは一枚の葉が落ちてもすぐに新しい葉がいれかわりたちかわり出てくるので子孫繁栄の縁起の良い木とされています。

夫婦クスノキと呼ばれている大きなクスノキです。
直径はそれぞれ約4.0mと3.4m。根元の直径は約6.9mあります。
地上直ぐのところで2つに分かれています。
初めから2本に分かれていたのか、それとも初めは1本で、その後2本に分かれたのか良く分かりません。

縁結び、長寿に関係があって、この周りを1周すると願いがかなうとされています。男子は左周り女子は右周りがよいようです。

壱岐神楽

ここで神楽を見学しました。国指定重要無形民俗文化財です。700年以上の歴史を持つ伝統芸能で、舞も音楽も神職だけで行われます。