
物事の真実(レンコンなりの解釈)
セカンドライフを始めて慣れてきたレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階です。今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、壱岐市立一支国博物館と原の辻遺跡をリサーチします。
壱岐市立一支国博物館
長崎県壱岐市にある博物館です。近くに魏志倭人伝に記された一支国の王都跡とされる原の辻遺跡や壱岐島内の遺跡に関する資料や出土品が収蔵・展示されています。開館は、2010年(平成22年)3月14日で黒川紀章設計の博物館です。
弥生時代から古墳時代の出土品や展示物で、かなり歴史があります。
壱岐島には、279基の古墳を含む482箇所の遺跡があり、その数は長崎県全体で周知されている遺跡の約13パーセントを占めています。
482箇所の遺跡は、壱岐の定住のさきがけとなった縄文時代の遺跡から元寇・鯨組に関する中近世の遺跡まで通史的に歴史を知ることができる遺跡が残っているようです。
展示物
国指定重要文化財(古墳時代)
金銅製亀形飾金具

亀形の装飾品で、「鶴は千年、亀は万年」といわれるように長寿の象徴とされ、神
仙世界と現世を結びつける動物と考えられてきた亀をモチーフにした金飾りです。

金銅製杏葉(ぎょうよう)
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杏葉は皮ひもの先に取り付けて馬の腰や胸の前の部分にぶら下げる装飾品です。ハート形の中に唐草文の模様を施しています。 |
金銅製単鳳環頭大刀柄頭(たいほうかんとうたちつかがしら)

大刀(たち)の柄の先端部に取り付けられた飾りで、2匹の龍が交差する装飾が施された環状部分の内部に珠をくわえて横を向いた形の鳳凰が入っています。日本だけでなく韓国の古墳からも同形の柄頭が出土しています。
金銅製辻金具と雲珠(うず)

辻金具と雲珠は、いずれも馬具をつなぎ留める皮ひもを交差させた部分を固定する役割を果たすものです。脚が四方向以下のものを辻金具、それ以上のものを雲珠と呼んでいます。辻金具の中央にイモガイの螺頭(らとう)部分を輪切りにして宝珠形の装飾を取り付けた飾りをはめ込んでいるのが特徴です。
国指定重要文化財(弥生時代)
ト骨(ぼっこつ)

ト骨占いはシカやイノシシの骨に焼いた木の棒を押しつけて、骨に入るヒビの入り方で吉凶を判断しました。


勾玉やガラス玉等当時の女性がお洒落なアクセサリーとして身に着けていたのだと思います。
壱岐に残る百合若大臣の鬼退治伝説
昔々、壱岐は、“鬼”がたくさん住んでいた鬼ヶ島だったそうな。鬼は、島を我が物顔で荒らしまくり、島に住む人を苦しめていたらしい。その鬼の悪行を見かねた豊後国(=ぶんごこく 現大分県)の若武者百合若大臣(ゆりわかだいじん)が壱岐に鬼退治にやってきた。
百合若大臣は、壱岐に着くやいなや、次々と鬼に切りかかり、鬼をやっつけていったそうな。最後に残った鬼の大将である「悪毒王(あくどくおう)」と相対した。悪毒王との激戦の末、百合若大臣は刀を振り下ろし、悪毒王の首を斬り落としたそうな。斬り落とされた鬼の首は空中に舞い上がり、百合若大臣の兜(かぶと)に噛み付いたがそのまま、死んでしまった。
かなり奇想天外な終わり方で、性格が悪い鬼であることを伝えたいのかと邪推します。
伝説妄想
各地に残る鬼退治伝説は、縄文時代から住んでいた先住民を「鬼」と呼び悪役にしたてて、後から支配した民族を正当化するために多くの鬼退治伝説が残っていると妄想します。というか妄想ではなく、真実に近いのではないかと感じています。
原の辻遺跡


魏志倭人伝に記された一支国(いきこく)の王都に特定された遺跡です。紀元前2~3世紀から紀元3~4世紀(弥生時代~古墳時代の初期)にかけて形成された多重環濠集落で東西南北に1㎞四方に広がっていました。
一支国は、日本最古の船着き場跡が確認されており、交易によって栄えていたと考えられています。

鬼の足跡

壱岐島の南西端に位置する鬼の足跡は、雄大な玄武岩の海岸線が広がる牧崎公園(まきざきこうえん)内にあります。ここは、その名の通り、まるで巨大な鬼が踏みつけたかのような、直径約50メートル、深さ6メートルもの巨大な穴が複数開いた奇岩群で、壱岐のダイナミックな自然の造形美を象徴する場所として知られています。
この「鬼の足跡」にまつわる伝説は、昔々、壱岐に住んでいた鬼(先住民)が、沖合にいた鯨を踏みつけようとした際にできた足跡だと言い伝えられています。実際には、長い年月をかけて海の波や風雨による浸食作用が、もろい岩盤部分を削り取り、硬い部分が残されたことで、このような独特の窪みが形成されたと考えられています。
次回も壱岐島をめぐります。
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