物事の真実(レンコンなりの解釈)
セカンドライフを始めて間もないレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階ですが、今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、東大阪市にある枚岡神社をリサーチします。
枚岡神社
ご祭神
天児屋根命(あめのこやねのみこと)中臣の祖伸、比売御神(ひめみかみ)天児屋根命の后神、経津主命(ふつぬしのみこと)香取神宮の祭神、武甕槌命(たけみかづちのみこと)鹿島神宮の祭神でともに中臣家と縁が深い神です。
天児屋根命は、天孫降臨時に瓊瓊杵尊のお供で重責を担ったことになっています。
枚岡神社の創祀は古く、神武天皇が大和で即位する3年前(紀元前657年)に建てられました。
神武東征で、生駒山を越えて大和に入ろうとしたところ、登美長脛彦に負けたので、一時撤退しました。神武天皇が東に向かって攻めたから負けたのであると分析したようです。
その後日本神話のとおり熊野を超えて宇陀から大和に入るルートで東から西に攻めていき、勝利しています。
早速、神武天皇の勅令で枚岡神社が創建されました。
枚岡神社が元春日といわれている理由は、都が奈良の平城京に移る時期に藤原氏(中臣氏)は都を守護するために祖伸である天児屋根命と比売御神を分祀して春日大社が建てられているためです。
拝殿を登る前の注連柱(しめばしら)と石造りの鉾が珍しく、立派です。注連柱(しめばしら)は、3つの縄だけで造られています。人の形のように見えます。
青銅製の鹿です。鉱山ですから青銅製品は作れます。春日大社との縁でもあるので狛犬ではなく鹿です。
龍の彫刻は見事です。手に渦を巻いているような金の珠を持っています。
摂社(若宮神社)
祭神は、天忍雲根命(あめのおしくもねのみこと)で天児屋根命の御子神です。
末社に飛来天神社の天之御中主神、一言主神社や遥拝所の方が歴史があり、厳かに感じるのはレンコンの氣のせいでしょうか?
枚岡展望台からの景色です。
枚岡山は標高268mで低い山ですが、急勾配で足に負荷がかかります。鉱山であったと思われます。
神津嶽本宮(枚岡神宮創祀の地)
注連柱(しめばしら)が大きくて素晴らしいです。ここも人の形のようです。珍しい形です。何か意味があるのかもしれません。今はわかりません。
妄想タイム
枚岡神社は、注連縄からしてとても歴史のある古い神社だと思います。
原住民であった登美長脛彦が率いる社会が、現在では末社とされている飛来天神社の天之御中主神、一言主神社を主祭神として遥拝所で祀られていたのではないでしょうか。神武東征に最終的には勝ったため、神武天皇をサポートする中臣氏の祖伸に挿げ替えられたのではないかとも考えてしまいました。まああくまでも妄想ですけど・・・・。