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真実の歴史妄想隊 神社名から歴史リサーチ2 

物事の真実(レンコンなりの解釈)

セカンドライフを始めて間もないレンコンですが、歴史の真実を妄想し、調査している段階ですが、今現在のレンコンが信じる歴史の真実を不定期に発信したいと思います。よろしければレンコンの妄想にお付き合い下さい。今回は、2回に分けて地域を限定して神社名から歴史を考察します。名古屋市の熱田区金山から中川区のエリアをリサーチします。

名古屋市の神社を考察する理由

天武天皇が律令制度で税金を採るためには戸籍が必要となりました。

窩(サンガ)の人々は移動して生活していたので戸籍を持たず、昔から日本に土着していた縄文人であると言われています。生活スタイルが独特なので、いくつかのエリアに集めて戸籍を作って生活させたエリアの一つが名古屋です。

織田信長は、豊臣秀吉が藤吉郎の時に「猿」と呼んでいました。それは秀吉が「山窩」であったからです。

織田信長は忌部氏です。徳川家康はまだ調べ切れていません。

明治時代に再度戸籍を持たない窩の人々を集めたエリアが名古屋であったという話があるので土着の縄文人から伝わる信仰がわかるかも知れないと考えて考察しました。

 

名古屋市中区

春日神社

祭神は、武甕槌命(たけみかづちのみこと)、経津主命(ふつぬしのみこと)、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、比売神(ひめがみ)です。

名古屋ではあまり祀られていない祭神です。

上前津・大須というエリアですが、このあたりは古墳が密集していました。

古墳についての過去記事はこちらです。

 

www.souzoulife.com

 

古墳は鉱山なので、なんらかの鉄・銅等の鉱石を製造していたと考えられます。

奈良に武甕槌(タケミカヅチ)を祀ったのは藤原不比等とされています。藤原不比等は中臣鎌足の次男です。天児屋根命は、中臣の祖伸なので祀られているのでしょう。

武甕槌命は、常陸国一之宮鹿島神社に祀られています。経津主命は、香取神社に祀られています。

日本神話の出雲の国譲りで、大国主から出雲国を奪う側で登場します。

鹿島神宮と香取神宮の要石で大鯰の頭と尾を抑えて地震が起きることを防いでいると言われていますが、別の解釈では封印をしているとも考えられます。

ナマズ伝承では大鯰は龍に変身するという言い伝えもあるので、本来古代日本の強い龍神信仰を封印しているものであるとしたら要石は良いものなのでしょうか?・・・と妄想します。

狛犬ならぬ狛鹿?でしょうか。武甕槌は、白い鹿に乗って奈良の春日神社にやってきたという伝承があるので狛鹿は納得します。

三輪神社

祭神は、大物主神、徳川義宜公です。

奈良にある大神神社の御神体の三輪山の三輪が共通しています。

鳥居は三輪鳥居となっています。珍しい形です。

幸せのなでうさぎの頭をなでてきました。

大物主神は大国主神と同一視され、因幡の白兎と繋がるので祀られているようです。

ウサギなので月読命との関連もあるかも・・・という妄想をしました。

縁結びの木です。赤いで縁結びです。上部に赤い矢が刺さっています。

その矢を見たら、上賀茂神社の神話で、賀茂玉依比売命(カモタマヨリヒメノミコト)が小川で身を清めていた時に丹塗矢(赤い矢)が流れてきました。その矢を持ち帰ったら、なぜかご懐妊されて御子が生まれました。という話を思い出しました。

尾張徳川家の矢場跡

三十三間堂での通し矢競技に威信をかけて勝利すべく、通し矢の修練場を神社に造ました。この地域を「矢場町」と呼ばれるようになりました。

若宮八幡宮

祭神は、仁徳天皇、応神天皇、武内宿禰です。

名古屋総鎮守と位置づけられています。寅(2022年)→卯(2023年)→辰(2024年)の干支をチェーンソーで木彫りした作品です。

恵比寿神社です。

連理稲荷神社で御祭神は、宇迦之御霊命です。

他にたくさんの社があり、たくさんの神が祀られています。住吉神社もありました。

洲崎神社

祭神は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)、稲田姫命(クシナダヒメノミコト)、石神(道祖神の元神である猿田彦命)、天鈿女命(アメノウズメノミコト)です。

境内には十二支の石像があります。

摂末社に弥五郎社があります。

弥五郎とは、宮崎県や鹿児島県に伝わる伝説の巨人で、ダイダラボッチのような大男のことをいいます。

権力者にとっては都合が悪い存在だったようです。

まつろわぬ民の「山窩」が現れているかも知れません。

名古屋市中村区

白龍神社

祭神は、須佐之男命、高龗神(タカオカミノカミ)です。

本殿の奥にある白龍神社は、石柱の龍の彫刻が素晴らしいのですが、白龍様がいらっしゃるような気がしました。

2回の名古屋市の狭い2エリアをリサーチして感じたこと

出雲系の神々やまつろわぬ民「山窩」龍神信仰をしていた土地であり、藤原氏等の権力者からは距離を置いていた場所であることがわかりました。

鉱山や河川を掘削したり鉱石を運搬する水運業に強い土地であったことが想像されます。